コラム・ブログ

コラム・ブログ

2025年10月3日

「ギプスを外した後、なぜ筋肉が細くなる?」 使わない筋肉と神経の関係

ハイライト

骨折や捻挫の治療でギプスを外したとき、「腕や足が細くなった」と感じた経験はありませんか?それは筋肉が“衰えた”だけではなく、神経や代謝にも変化が起きている証拠です。今回は、ギプス後の筋萎縮のメカニズムと、回復のための整形外科的リハビリについて解説します。

目次

ギプス固定中に起こる変化──筋肉・関節・血流の低下

ギプス固定中は、患部の筋肉がほとんど使われない状態になります。

筋肉は「使うことで維持される組織」であり、動かさない期間が続くと筋繊維が細くなり(萎縮)、力を発揮できなくなります1)。

この現象は「廃用性筋萎縮(disuse atrophy)」と呼ばれ、固定期間が2〜3週間を超えると目に見えて筋量が減少します。

関節は動かさないことで滑膜液の循環が悪化し、可動域が狭くなります。

また筋肉のポンプ作用が低下するため、血流も減少。結果として代謝が落ち、浮腫(むくみ)や冷えが起こりやすくなります。

近年では、非固定部の筋肉を動かす「クロスエデュケーション(交差教育効果)」が注目されています。

片側の筋肉をトレーニングするだけで、反対側の筋力低下をある程度抑制できるという報告もあります2)。

「使わない」と筋肉はどうなる?──廃用性萎縮のメカニズム

筋肉は常に「合成」と「分解」を繰り返しています。

ところが動かない期間が続くと、筋合成が低下し、分解が優位になります。

特に**速筋線維(Type II fiber)**が先に萎縮し、瞬発的な動作が苦手になります3)。

筋肉量が減ることで基礎代謝が下がり、血流量や酸素供給も減少します。

これが「動かしてもすぐ疲れる」「腕が重い」と感じる原因です。

靭帯・腱・関節包も刺激が減ると柔軟性を失い、関節拘縮(こうしゅく)を起こすリスクが高まります。

つまり、「筋肉だけが細くなる」のではなく、関節構造全体のコンディションが低下しているのです。

神経の働きも低下する?──“使わない神経”の衰え

  • 神経も“使わないと鈍る”

筋肉を動かす命令は、脳から神経を介して伝わります。

ギプス固定中に動かさない期間が続くと、この神経の“出力回路”も活動が減少し、筋肉をうまく動かす能力が低下します4)。

この現象は「神経可塑性の低下」と呼ばれ、筋力の回復を遅らせる一因です。

  • 感覚神経の変化

動かさないことで感覚入力(皮膚・関節・筋肉からの刺激)が減り、脳への感覚マップがぼやけます。

リハビリ初期に「力の入れ方がわからない」「動きがぎこちない」と感じるのは、神経の再教育が必要なためです。

  • 神経と筋肉の連携回復には時間が必要

ギプス除去後に筋トレだけを急に行っても、神経系が未発達なままでは効率的な筋収縮ができません。

まずは「再教育(re-education)」として、軽い運動やイメージトレーニングを行い、脳と筋肉の再接続を促すことが大切です。

リハビリで取り戻す──筋肉と神経を同時に回復させる方法

  • ステップ1:可動域の回復

固定を外した直後は、まず関節の動きを戻すことが優先です。

他動運動やストレッチを通じて滑膜液の循環を促し、動かす準備を整えます。

  • ステップ2:神経と筋の再教育

小さな動作(指を握る・手首を返すなど)を意識的に繰り返すことで、神経回路を再構築します。

整形外科リハビリでは、電気刺激療法(NMES)やバイオフィードバックを併用して神経伝達を助けることもあります5)。

  • ステップ3:筋力トレーニング

痛みや腫れが落ち着いたら、ゴムチューブや自重を使った軽負荷トレーニングを開始。

速筋・遅筋をバランスよく刺激し、左右差の是正を図ります。

  • ステップ4:全身の連動性を回復

腕の筋力だけでなく、肩甲帯・体幹の安定性も重要です。

全身運動(歩行・ストレッチ・軽いスポーツ)を通じて、再び“使える体”へ戻していきます。

整形外科から見た“固定後の再建”──焦らず、確実に戻す

  • 「すぐ戻らない」のは正常

固定中に減った筋肉や神経機能は、数日で失われ、回復には数週間〜数か月かかります。

焦って負荷をかけると、再受傷や腱炎を起こすリスクがあります。

「リハビリは治療の延長」と捉え、医師・理学療法士の指導のもと段階的に行いましょう。

  • 栄養と睡眠も“筋回復の鍵”

筋合成にはタンパク質とビタミンDが不可欠。

また、深い睡眠中に分泌される成長ホルモンが筋修復を助けます。

整形外科での治療と並行して、食事・休息・運動をトータルで整えることが重要です。

  • 精神的なリハビリも忘れずに

固定中は「動かせないストレス」や「筋肉が落ちたショック」を感じやすくなります。

しかし、回復は必ず訪れます。

焦らず、一歩ずつ「再び動ける喜び」を取り戻していくことが、リハビリ成功の鍵です。

 

参考文献

  1. Booth FW: Effect of limb immobilization on skeletal muscle. J Appl Physiol. 52(5):1113–1118. 1982.
  2. Hendy AM, et al.: Cross education of strength and skill: possible neural mechanisms. Front Physiol. 10:885. 2019.
  3. Thom JM, et al.: Changes in muscle contractile properties and neural control during human disuse muscle atrophy. Acta Physiol Scand. 191(3):283–291. 2007.
  4. Clark BC, Taylor JL: Age-related changes in motor cortical properties and voluntary activation of skeletal muscle. Curr Aging Sci. 4(3):192–199. 2011.
  5. Gorgey AS, et al.: Neuromuscular electrical stimulation for skeletal muscle after immobilization. Eur J Appl Physiol. 105(5):801–811. 2009.

 

 

 



一覧へ