コラム・ブログ

コラム・ブログ

2025年10月20日

「利き手じゃない方を使うと脳が若返る?」 運動と脳可塑性の話

ハイライト

「いつもと違う手で歯を磨く」「利き手じゃない方で箸を持つ」──そんな小さな挑戦が、脳を活性化させることをご存じですか?“利き手を変える”ことは、脳神経の可塑性を刺激し、運動能力や集中力の維持にもつながります。整形外科の視点から、手と脳の関係、そして神経の再構築メカニズムを解説します。

目次

「脳可塑性」とは?──脳が変化する力の正体

かつては「脳の神経細胞は成長後は再生しない」と考えられていました。

しかし現在では、**脳は一生を通じて構造と機能を変化させる能力=脳可塑性(neuroplasticity)**を持つことが明らかになっています1)。

新しい動作を学ぶたびに神経細胞同士のつながり(シナプス)が強化され、不要な回路は刈り取られます。

つまり、脳は使い方次第で“若返る”ことができるのです。

長年同じ動き・同じ思考を繰り返すと、使われない神経ネットワークは弱まり、反応速度が低下します。

これは、筋肉の“廃用性萎縮”と同じ現象。脳も“使わなければ衰える”のです。

利き手ばかり使う生活がもたらす“脳の偏り”

利き手の動きを司るのは、脳の反対側の大脳半球

右利きなら左脳が、左利きなら右脳が主に働きます。

私たちの生活では、食事・筆記・作業などのほとんどを利き手で行うため、常に一方の脳ばかりが活性化しています。

利き手側ばかりを使うと、反対側の脳の神経活動が低下し、脳全体のネットワークバランスが崩れます。

これが、「動作のぎこちなさ」や「反応の鈍さ」「集中力の低下」につながることもあります2)。

慣れない動作は最初ぎこちなく感じますが、それこそが脳を活性化させるポイント。

新しい動きや感覚を処理するために、脳が新たな神経経路を作り始めます。

非利き手を使うと脳で何が起こる?──神経ネットワークの再編

  • 新しい運動回路の構築

非利き手を使う動作では、脳内で通常使わない神経経路が活動します。

脳は“試行錯誤”を繰り返す中で、正しい動作を記憶し、回路を強化します。

この過程でシナプス可塑性が促進され、脳が再構築されていきます3)。

  • 交差効果”による左右連携

非利き手を動かすことで、反対側(利き手側)の運動野にも刺激が伝わることが知られています。

これを「交差教育効果(cross education)」と呼び、

利き手を動かさなくても、非利き手のトレーニングが利き手の筋力維持に役立つという研究結果もあります4)。

  • 認知機能への好影響

利き手ではない側を使う動作は、脳の前頭葉・小脳・感覚野など広範囲を刺激します。

これにより、集中力・判断力・バランス感覚が向上し、脳全体の統合機能が高まります。

近年では、認知症予防の一環として“非利き手運動”が注目されています。

整形外科リハビリにも応用される“左右非対称”トレーニング

  • 「片側リハビリ」で反対側も回復

骨折や神経損傷で片腕・片脚を固定している患者に対して、健側(反対側)の運動を行うことで患側の回復を促す手法があります。

これは、脳内での神経ネットワークが左右で相互に作用しているためです5)。

非利き手の運動が利き手側の神経活動を保つように、リハビリでも“使える側を使って全体を守る”ことが重要です。

  • 手指リハビリと脳活動

整形外科では、指の巧緻(こうち)運動を通じて脳機能を刺激する訓練を行います。

小さな動きでも、神経興奮が脳の運動野を活発にし、神経伝達を再教育する効果があります。

  • バイラテラルトレーニング(両側運動)”の効果

左右同時に似た動作を行うことで、脳の運動野が協調的に働き、リハビリ効率が向上します。

非利き手を意識的に使うことは、単なるトレーニングではなく、神経再構築を促す治療法でもあるのです。

日常でできる“脳を若返らせる習慣”──今日からできる実践法

  • 利き手じゃない方で生活動作をする

歯磨き・スマホ操作・マウス操作をあえて逆の手で

箸を左手で持ってみる(難しければスプーンでもOK)

最初は不器用でも、1週間続けると“慣れ”が出てきます。これは脳が新たな回路を作っている証拠です。

  • 非利き手でのストレッチ・リハビリ動作

腕や指を左右同じように動かす練習は、脳の運動野の協調を高めます。

理学療法でも「両側対称運動」は、バランス感覚の改善に有効とされています。

  • 新しい動きを覚える

ダンス・楽器・書道など、新しい動作を取り入れることで脳の可塑性が刺激されます。

年齢に関係なく、“学ぶこと”が脳を若返らせる最大の鍵です。

  • 呼吸と姿勢を意識

脳は血流量に敏感です。深呼吸と良い姿勢は脳への酸素供給を高め、神経活動を支えます。

デスクワーク中でも1時間に一度は姿勢をリセットしましょう。

  • 睡眠で“神経の整理”を

学習や動作で得た情報は、睡眠中に神経回路として定着します。

6〜7時間の十分な睡眠をとることで、脳可塑性の効果を最大限に発揮できます。

参考文献

  1. Kolb B, Whishaw IQ: Brain plasticity and behavior. Annu Rev Psychol. 49:43–64. 1998.
  2. Pascual-Leone A, et al.: The plastic human brain cortex. Annu Rev Neurosci. 28:377–401. 2005.
  3. Nudo RJ: Adaptive plasticity in motor cortex: implications for rehabilitation after brain injury. J Rehabil Med. 35 Suppl 41:7–10. 2003.
  4. Hendy AM, et al.: Cross-education of strength and skill: possible neural mechanisms. Front Physiol. 10:885. 2019.
  5. Stinear CM, et al.: Bilateral motor priming for post-stroke rehabilitation: mechanisms and clinical implications. Front Hum Neurosci. 8:972. 2014.

 

 

 



一覧へ