コラム・ブログ

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2025年12月23日

「昨日は平気だったのに…」同じ動きで痛い日と痛くない日があるのはなぜ?日替わりの痛みに隠されたメカニズムと、整形外科医が教える対処法

ハイライト

「昨日は平気だったのに、今日はなぜか痛む…」。この不思議な痛みの波に不安を感じていませんか? 実は、痛みの強さは「傷の状態」だけで決まるわけではありません。天気、睡眠、そして脳の仕組みが複雑に関係して、「痛みの感じやすさ」を変化させているのです。そのメカニズムを知り、適切な「リハビリテーション」でコントロールする方法を解説します。

目次

はじめに:その痛み、「気のせい」ではありません

整形外科の外来で、患者さんからよくこんな相談を受けます。 「先生、昨日は普通に歩けたのに、今日は同じ道を歩くだけで膝が痛むんです。私の足、悪化しているんでしょうか?」

同じ動作をしているのに、日によって痛かったり、痛くなかったりする。 この現象に直面すると、「治っていないのではないか」「悪化しているのではないか」と不安になったり、あるいは周囲から「気の持ちようじゃない?」と言われて傷ついたりすることもあるかもしれません。

まず、安心してください。日によって痛みが変動するのは、人間の体として非常に自然な反応であり、必ずしも「病状の悪化」を意味するわけではありません。 そこには、組織の損傷レベルとは別の、私たちの体が持つ「センサーの感度」が深く関わっています。

なぜ痛みは変動するのか? 「痛みの閾値(いきち)」の正体

痛みの正体を理解するために、「痛みの閾値(いきち)」という言葉を覚えておきましょう。これは、簡単に言えば「痛みのセンサーが作動するハードル」のことです。

重要なのは、「患部の傷の状態が変わっていなくても、閾値が下がれば痛みは強く感じる」という事実です。 私たちの体は、その日の体調や環境に合わせて、このセンサーの感度を無意識のうちに調整しています。では、具体的に何がこの感度を変えてしまうのでしょうか?

痛い日を作ってしまう「3つの隠れたトリガー」

「今日は閾値が低い日(敏感な日)だな」と感じる時、その背景には大きく分けて3つの要因が隠れていることが多いです。

① 自律神経と気象条件(天気痛)

「雨が降る前は古傷が痛む」というのは迷信ではありません。 気圧が下がると、体は自律神経のバランスを調整しようと頑張りますが、この調整がうまくいかないと「交感神経(興奮の神経)」が優位になります。交感神経が緊張すると、血管が収縮し、筋肉が強張り、痛みのセンサーが過敏になります。

② 睡眠とストレスの蓄積

睡眠は、脳と体を修復するメンテナンス時間です。

  • 睡眠不足:痛みを抑える脳内物質(セロトニンなど)の分泌が減り、痛みに弱くなります。
  • 精神的ストレス:不安やイライラは、脳の中で痛みの信号を増幅させてしまうことが分かっています。 「昨日は忙しくてよく眠れなかった」という日の翌日に痛みが強く出るのは、このためです。

③ 筋肉のコンディション(微細な変化)

同じ動きに見えても、日によって体の使い方は微妙に違います。

  • 前の日の疲れが残っていて筋肉が硬い
  • 寒さで血流が悪くなっている こうしたわずかな体の環境変化が、関節への負担を変え、痛みを引き起こすことがあります。

痛みの波をコントロールする「リハビリテーション」の役割

痛みの波があることを理解した上で、整形外科ではどのように治療を進めるのでしょうか? ここで重要になるキーワードが「リハビリテーション」です。

リハビリテーションというと、「手術後の機能回復」というイメージが強いかもしれませんが、慢性的な痛みのコントロールにおいても非常に強力なツールとなります。

● 正しい「動き」の再学習

「痛い日」がある人は、無意識のうちに痛みを避けようとして、不自然な体の使い方(代償動作)をしていることがあります。 理学療法士は、「なぜその動きで痛が出るのか」を分析し、関節に負担のかからない正しい筋肉の使い方を指導します。正しい動きが定着すれば、センサーが過剰に反応する頻度を減らすことができます。

● 脳の誤作動を修正する

慢性的に痛みが続くと、脳が「動くこと=痛いこと」と誤って記憶し、動こうとしただけで痛みの信号を出してしまうことがあります。 リハビリテーションを通じて、「この動きなら痛くない」「ここまでなら動かせる」という成功体験を積み重ねることで、脳の誤った学習を上書きし、痛みの閾値を正常に戻していきます。

● 自分の体の「取扱い説明書」を作る

「こういう日は痛くなりやすい」「このストレッチをすれば楽になる」といった自分の体のパターンを知ることも、立派なリハビリテーションです。専門家と一緒に、あなただけのセルフケア方法を見つけていきます。

「痛い日」の過ごし方と、受診のタイミング

最後に、実際に「今日は痛い日だ」と感じた時の対処法をお伝えします。

● 「痛い日」の3原則

1. 焦らない・悲観しない:「悪化した」と思わず、「今日はセンサーが敏感な日だ」と捉え直してください。不安は痛みを増幅させます。

2. 温めて血流を良くする: 急な激痛(炎症)でなければ、基本的には温めることが有効です。入浴などでリラックスし、自律神経を整えましょう。

3. 「0(ゼロ)」にしようとしない:完全に痛みを消そうとするのではなく、「生活できるレベル」を目標にします。無理のない範囲で、軽く体を動かす方が、血流が改善し痛みが和らぐことも多いです。

● こんな時は整形外科へ

普段の「痛い日」とは明らかに違う、以下のような症状がある場合は、我慢せずに受診してください。

  • 安静にしていてもズキズキ痛む
  • 痛みが日に日に強くなっている
  • 患部が赤く腫れている、熱を持っている
  • しびれや力が入りにくい感じがある

痛みの波は、あなたの体が発しているメッセージです。 「痛い日」があっても大丈夫。私たち整形外科のスタッフは、その波に寄り添い、穏やかな日々を取り戻すためのパートナーです。 痛みの変動に振り回されず、上手に付き合っていく方法を、リハビリ室で一緒に探していきましょう。

参考文献

1. **Butler, D.S., & Moseley, G.L.** (2013). _Explain Pain._ Noigroup Publications. (痛みのメカニズム、脳と痛みの関係について)
2. **佐藤 純.** (2015). 『天気痛 ―つらい痛み・不安の原因と治療法』. 光文社新書. (気象病、気圧と痛みの関係について)
3. **International Association for the Study of Pain (IASP).** _Classification of Chronic Pain._ (慢性疼痛の定義と分類に関して)
4. **日本理学療法士協会.** 理学療法診療ガイドライン第1版. (疼痛に対する理学療法アプローチに関して)
5. **Moseley, G.L.** (2007). “Reconceptualising pain according to modern pain science.” _Physical Therapy Reviews._ (現代の疼痛科学に基づくリハビリテーションの概念)



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