コラム・ブログ

コラム・ブログ

2025年10月8日

“深呼吸”が痛みを和らげる? 呼吸法と副交感神経の関係

ハイライト

「痛いときほど息を止めてしまう」──実はその逆が正解です。深呼吸には、神経の働きを整え、痛みを和らげる力があります。今回は、呼吸法と副交感神経の関係を整形外科の視点から解説します。

目次

痛みと呼吸の関係──なぜ息を止めると痛みが強くなるのか

痛みを感じると、人は無意識に呼吸を止めがちです。

これは身体の防御反応ですが、呼吸が浅くなると筋肉や内臓への酸素供給が減少し、さらに痛みを強く感じる悪循環に陥ります。

また、呼吸が浅い状態では交感神経が優位になり、筋肉が緊張しやすくなります。

その結果、肩こりや腰痛などの慢性痛が長引くことも少なくありません1)。

深くゆったりした呼吸は、体に「安心」の信号を送ります。

呼吸を整えることで神経の興奮を抑え、痛みの知覚をコントロールすることができるのです。

自律神経のバランス──副交感神経が“痛みスイッチ”を下げる

私たちの体は、「交感神経」と「副交感神経」のバランスで成り立っています。

交感神経は“戦うモード”、副交感神経は“休むモード”。

このバランスが崩れると、血流・筋緊張・痛み感受性にも影響を与えます。

深呼吸を行うと、横隔膜が大きく動き、迷走神経を通じて副交感神経が活性化します2)。

この反応により、心拍数が下がり、筋肉の緊張が和らぎ、血流が改善されます。

まさに「深呼吸=体のブレーキを踏む行為」といえるのです。

慢性的な痛みを訴える患者では、交感神経の過活動がよく見られます。

整形外科的治療と並行して、呼吸法による自律神経調整を取り入れることが、痛みの改善に役立ちます3)。

深呼吸で起こる体の変化──血流・酸素・筋緊張の改善

  • 血流が改善し、痛み物質が流れる

深呼吸により末梢の血流が促進され、乳酸やブラジキニンなどの痛み物質が代謝・排出されやすくなります。

結果として、筋肉や関節の局所的な炎症が軽減します。

  • 酸素供給が増え、筋肉のこわばりを緩和

浅い呼吸では二酸化炭素が体内に溜まり、筋肉のpHバランスが崩れます。

深い呼吸によって酸素が十分に供給されると、筋繊維が柔軟性を取り戻し、動作痛の改善につながります4)。

  • 脳内ホルモンの変化

ゆっくりとした呼吸は、脳内のセロトニンやエンドルフィンの分泌を促します。

これらは「天然の鎮痛物質」として働き、痛みの知覚そのものを和らげます。

整形外科リハビリで使われる呼吸法──実践のコツ

腹式呼吸(横隔膜呼吸)

最も基本的な呼吸法。

  • 背筋を伸ばし、鼻からゆっくり息を吸う
  • お腹をふくらませながら3〜4秒吸気
  • 口をすぼめ、倍の時間(6〜8秒)で吐く

この呼吸は横隔膜の動きを促し、副交感神経を刺激します。腰痛や肩の緊張緩和にも効果的です。

背部呼吸(胸郭拡張法)

リハビリ現場で使われる手法のひとつ。

背中を意識して吸うことで、胸郭を広げ、背部の筋肉を緩めます。

デスクワークによる姿勢性の肩こりに有効です。

リズム呼吸(運動併用)

ウォーキングやストレッチ中に「3歩吸って3歩吐く」など、一定のリズムで呼吸を行う方法。

運動と組み合わせることで、循環改善と神経調整を同時に行えます。

注意点

痛みが強いときは無理に吸い込まず、「吐く」ことを意識しましょう。

息を長く吐くことで自然に副交感神経が優位になります。

呼吸を整える生活習慣──姿勢・睡眠・心の安定とのつながり

  • 姿勢と呼吸の深さは連動する

猫背や肩の巻き込み姿勢では、肺が十分に広がらず浅い呼吸になります。

胸を開くストレッチや肩甲骨の動きを改善するだけで、呼吸の質が大きく向上します。

  • 睡眠と自律神経

深呼吸を意識することで副交感神経が働きやすくなり、眠りが深くなります。

寝る前に3分間の腹式呼吸を行うと、睡眠の質が高まり、翌日の痛み感受性も軽減します5)。

  • メンタルとの関係

不安や緊張も呼吸を浅くします。

深呼吸は「今この瞬間」に意識を戻す働きがあり、心身のリセットにも役立ちます。

参考文献

  1. Busch V, et al.: The role of breathing therapy in the treatment of chronic pain. Pain Med. 13(5):606–614. 2012.
  2. Lehrer PM, et al.: Heart rate variability biofeedback increases baroreflex gain and peak expiratory flow. Psychosom Med. 65(5):796–805. 2003.
  3. Chaitow L, et al.: Breathing pattern disorders and functional pain. J Bodyw Mov Ther. 8(4):237–244. 2004.
  4. Jerath R, et al.: Physiology of long pranayamic breathing: neural respiratory elements may provide a mechanism that explains how slow deep breathing shifts the autonomic nervous system. Med Hypotheses. 67(3):566–571. 2006.
  5. Brown RP, Gerbarg PL: Sudarshan Kriya yogic breathing in the treatment of stress, anxiety, and depression: part II. J Altern Complement Med. 11(4):711–717. 2005.

 

 

 



一覧へ